2022.5.4
ゲームシナリオのノベライズ(小説化)作品の例に漏れず、「ウィザードリィ(Wizardry)」の小説や随筆など文芸化作品には名作が多い。ベニー松山氏の『隣り合わせの灰と青春』『風よ。龍に届いているか』『不死王』は言わずもがな、見事なストーリーテリングに引き込まれる大出光貴氏の『狂王の試練場』、竹内誠氏の珠玉の短編集シリーズ『リルガミン冒険奇譚』、独特の設定が光る多摩豊氏の『トレボーと黄金の剣 』など、ウィザードリィ自体がライトゲーマー層や一般層に対してはマイナー作品であるにも関わらず、プレイヤーの想像力を掻き立てるこのゲームには、多くのコアゲーマーに愛され、派生文芸作品を産んだ。
中でも手塚一郎氏の『ワードナの逆襲』は隠れた傑作ともいえる異色作品だ。
原作の『ウィザードリィIV』自体がシリーズの中でも特異的な作品であり、第1作における「討伐目標(ラスボス)」が生き返り、完全復活のためにダンジョンを脱出するというゲームの構成自体の〝逆転〟を特徴としている。
この〝逆転〟は本小説の特色でもある。ゲーム自体では、プレイヤーは復活したワードナを操作しながらダンジョン内に仕掛けれれた罠や謎かけを突破していくわけだが、この小説ではワードナの復活を阻止しようとする〝敵方〟が主人公として描かれる群像劇となっている。
ギャグやパロディ、唐突に出てくるSF的なガジェット、マニアックなオカルト知識、小出しの情報だけでなく情報の無い中での謎解きなど、本作が相当な無茶のあるコアファン向けであることから、手塚氏は本作を小説化するにあたって次のように巻末に書いている。
「ウィズIVというゲームは、「怪奇」と「パロディ」のふたつの要素から成り立っています。当然「パロディ」は切り捨てなければならないので、残った「怪奇」を、いかに大切にするかを考えました。」(p.288 あとがき)
本書のあとがき(p.288)にも、「いわゆるゲーム小説とは趣を異にしています。ですから、アニメ風ヒロイック・ファンタジーは期待しないでください。」と注意を促すほどだ。所属事務所ベントスタッフ(Bent Stuff ※註:「アルティマニア」シリーズの編集者会社である)による本書の紹介ページには「小説の内容に救いがないのは、当時、リチャード・マティスンの「地獄の家」やら、ジョン・ソールの一連の作品を読んでいた時期だったのも影響していると思います。」(著者コメント)とある。
『地獄の家(原題:Hell House、邦訳はハヤカワ文庫で読める)』はホラー、エロティックやグロテスクといった読む手が止まらなくなる恐怖小説の最高峰のひとつ。ジョン・ソールはミステリーとホラーの名手で、扶桑社やハヤカワから邦訳版が出版されている。
これらの作品の影響を受けて、能天気なライトファンタジーが生まれるはずがない。ましてやWiz IVのノベライズである。私自身もハイティーンの時分に本作を読んで「ゲーム小説はこうアレンジして作品化しても良いのだ」と衝撃を受けた。四半世紀が過ぎ、改めて本作を読むと、やはり前半〜中盤までのグロテスクと淫靡さは強烈だ。後半はホークウインドをめぐる展開は面白く、救いようのない人間どもがワードナという〝人智を超えた災厄〟を前にして打ち倒され、滅ぼされていく様は圧巻である。
本作では、エンディングも次のように分岐していく3部構成となっているのが興味深い。
終章(数字はチャプター)
1-2-3-4-5-6-7-8-9-10(終章I)
└10-11(終章II)
└11(終章III)
終章I 生を与える神カドルトと死を与える者ワードナの両者が消滅して一人の赤ん坊が祭壇に現れる。聖職者たちはその赤ん坊を育てる決意をする。
終章II カドルト神像が砕け散ると羊水と共に死んだ胎児が大量に出て来る。その胎児はトレボーが母体から引きずり出した我が子たちだった。その胎児を詰め、死への呪いを詰め込んで生の神としたのがカドルト神だった。ワードナは新たな支配者として新たな殺戮をはじめる。
終章III アミュレットを手に入れたワードナは、アミュレットを作り出した神を見つけ出して自分が真の神となることを誓う。
マルチエンディング形式は原作ゲームのWiz IVにおいても採用されており、そうした仕組みを小説でも取り入れているところはさすがだ。ちなみに原作では5つのエンディングで構成されている。それらは「善のエンディング、1種」「悪のエンディング、3種」「グランドマスターのエンディング(真のエンディング)、1種」だ。
善のエンディングでは、貴族たちから与えられる試練に打ち克って信頼を獲得し、推挙を得て王となるものである。
悪のエンディングでは、ワードナはカント寺院まで進入してカドルト神像と対決する。そして神を打倒して自らが神の地位を得る。その後の展開が3種類に分かれる。1つめのエンディングはワードナ自身が神像となってしまい、動けないまま自分を崇める信者の崇拝を受け続けるといもの。2つ目はアミュレットの力を使って寺院や修道院を建設したり、民衆を導いたりといった神らしい振る舞いをする。3つ目は倒したカドルト神は「ありがとう、やっと自由になったよ」と泣きながら息を引き取り、ワードナな新しい神となって世界に火と血の雨を降らせるというもの。自らの祭壇を生贄と称賛で満たし、尽きることのない欲望の中で征服を続ける。
真のエンディングでは、ワードナはカバラの神秘を知り、世界の真理、真実の知恵へと至った上でカドルト神像と対峙、それが僧侶たちが作り上げた「まやかし」であることを暴く。さらにアミュレットをその造物主の元へ突き返すという使命を得て新しい旅に出るというエンディングだ。これは王でもなく、神でもなく、一人の賢者となって立ち去っていくという点で私は「道を見つけ、悟り得て、そして成熟した〝真の人間〟になるエンディング」だと考えている。東洋的というか仏教的というか、1980年代のアメリカの若者の置かれたヒッピーカルチャーなども影響しているのであろうか。王でも神でもなく、自立した一人の人間としての〝生き方〟を取り戻すストーリーは、今なお独特といえる。
このようにWiz IVの真のエンディングは、見せかけの栄光を退け、世間からの崇拝も拒み、他人の評価や影響からも解放された自由な人間として、〝自分の人生〟を生きる喜びに目覚める結末なのだ。私はこのエンディングの原作(英文)テキストを以下のように私家訳をした。
透き通った光の短剣を抜き放った君は生命の樹から得た全智や確信に満ちていて、恐れることなくカドルト神と対峙した。カドルト神は、君の手にしているクリスの刀身を見るやいなや哄笑を止めた。
神は吼えた。「やめろ、やめてくれ、それだけは!」
“真実のクリス”は、炎を噴くようにまばゆく輝いた。すべてを貫くほどのその光は、たちまち嘘と幻像を打ち払う。神像の動作はぎくしゃくとしだした。膝や肘から煙が立ちのぼりはじめると頭頂部が跳ね上がるように開き、高僧が操縦室から這いつくばりながら逃げ出してきた。
いまや真実は眼前に明らかとなった! カドルト神は捏造品。僧侶どもの発明品。人心を支配し、地位を恒久的なものへとするための狡猾なる装置だったのだ。
高僧がローブを燻らせている光景を目の当たりにして、君は高らかに嗤った。あまりにも滑稽な光景だったから。生きているというのは、なんと心地のよいことなのか。クリスが放つ光の中でアミュレットを持ち上げると、真実は白日のもとに晒された。それはすなわち、軽率なる者共へと仕掛けられた危険な罠、神々のいたずら。
アミュレットは善でも邪でもなく、純粋なる混沌から生まれ出でしものだったのだ。君は誓った。〝それ〟をいつかその造物主のもとへと突き返すのだと。真実のクリスはその助けとなるだろう。だが明日からだって構わない。まずは今日という日を楽しもう!
神殿の外、うるわしい日の光の中を君は歩いた。いまようやく自由を、そして生きている実感を得た。君はこの世界へと還ってきたのだ。君がしばし神殿を振り返ると、ふいに高らかな笑いが唇からこぼれ出た。
もう君が「やり忘れてきたこと」などなにもない。君は、いまや君自身の宿命の主〈あるじ〉だ。運命がどれほど曲がりくねった困難な道行きであろうとも、生命の樹がその未来を照らし出してくれている。
*** おめでとう! ***
君は帰還した。ついにすべてを満たす道への到達を成し遂げたのだ。
この真のエンディングの爽快さは本小説では描かれないが、ワードナがアミュレットを持って立ち去っていくことは描かれる。
Wiz IVのシナリオは、竹内誠氏も小説化している(『続々 リルガミン冒険奇譚』収録 第5話「魔法の護符」p.145-176)。この作品でのワードナは、Wiz IVの真のエンディング後にWiz Vのゲートキーパーその人、「メイルストロームの渦を管理し、世界の変化を見守る者であった」(同書 p.147)となっており、Wiz Vの前日譚といえる作品に仕上がっている。よって、ブラザーフッド寺院の創設や弟子の育成をしているのが、その後のワードナという設定である。この短編ではゲートキーパーの回想としてWiz IVが描かれ、ソーンに囚われる大師匠と、トレボーの地下墳墓に捕らわれた大魔道士が対比されている。
さて、本作ではエログロホラー小説として〝犠牲者〟が次々と登場する。ゲームではかなり手強い人間側であるが、本作では次々とワードナの餌食となる。そのメンバーを最後に紹介してみよう。
カドルト教の大司教ギズィ カドルト教の最高権力者で100歳以上の年齢。高位のビショップ。生命の神カドルトを司るため不死となっている。権力欲と色欲の権化であり、トレボーに取り入ってカドルト教を興す。ルードを騙し、ホークウインドも騙して父殺しをさせる。少女時代のホークウインドを犯すが、後に真相を知ったホークウインドに殺害される。
カドルト教の助祭ギスカ 本作唯一の良心。ドワーフの高位の僧侶またはビショップ。冒険者をリクルートして迷宮の守備隊(ガーディアン)に送り込む。ギズィとの一騎討ちは『指輪物語』のガンダルフとサルマンの対決を彷彿とさせる迫力に満ちている。
盗賊ナイトウォーカー 放浪の盗賊。地下10階の最奥部を巡回するパーティを抜けてワードナの玄室に財宝目当てで侵入する。ワードナの復活を最初に目撃する。アイルと共に戦死。原作にも以下のキャラクターとして登場している。
Night-Walker Evil Thief 8 6 Leather Armor, Small Shield, S of Katino, P of Dios
戦士ベルガリオンと魔術師モルタヴィア ナイトウォーカーと同じパーティの中立の戦士と女魔術師。ワードナに気づかれていたが迷宮外への脱出に成功し、ワードナ復活をカント寺院に伝える。ギスカの指示によって魔導都市イルミナスに逃れ、ディックの酒場《思わぬ出会い》亭を受け継ぐ。本作では非常に少ない生存者だが、こうした生存者(逃亡成功者)による語りは、ホラー作品には欠かせない。
Belgarion Evil Fighter 7 8 Chain Mail, Large Shield, Helm
Mighty Moh Evil Mage 9 3 Staff, Robes, S of Badios, S of Halito
ディック ギスカの古い友人のドワーフ。ホークウインドの父の濡れ衣の真相をホークウインドに話す。話すと肉体が消滅していく呪いを掛けられており、一度しか話せない。
氏名不明の戦士 地下10階の内側通路を守護する金髪碧眼の戦士。
Inner Guardian Good Fighter 6 20 Chain Mail, Large Shield, Helm
戦士アイル・ゲルグラード 地下10階の中間通路を守る戦士。騎士を夢見たが騎士になれずに絶命する。3名の山賊に乱暴されていた女性の救出を勇敢に試みるが返り討ちにあい、女性を犯すよう強要されて心神喪失する。エロ展開のある男性側人物その1。グールに喰われて死亡。
Middle Guardian Good Fighter 5 30 Longsword+1, Chain Mail, P of Dios, P of Porfic
魔術師ベルグ・ジェスター 近衛兵だったが汚職と放蕩に明け暮れた父を見返そうと近衛兵を目指して地下10階の守護者になるが、クリーピングコインのブレスを至近距離で目に受けたのち、グールに喰われて死亡。妹と近親相姦の関係にあった。エロ展開のある男性側人物その2。
Outer Guardian Good Mage 9 40 Staff, Robes, S of Halito, S of Katino
氏名不詳の侍 地下10階の外側通路の守護を担当。ゾンビを倒す善戦をするが戦死。
Pyramid Guard Good Samurai 3 50 Black Candle, Large Shield, Helm+1, Copper Gloves, Jeweled Amulet
氏名未詳の戦士・侍・僧侶 ナイトウォーカーのパーティの善のメンバー。中通路で善戦するがガスクラウドのブレス、オーガの棍棒による殴打、ワードナのカティノと物理攻撃で戦死。
僧侶リディアのパーティ 霊園である地下9階の守護パーティ。降霊術(巫術)を使う僧侶リディアとそのパーティ。ポルターガイストの「ピース」が身近にいる。リディアは本作での最初のエロティック担当。
戦士ブレムのパーティ 地下9階の守護パーティ。8階へつながる階段のそばに詰めている
エルフの魔術師エアル 地下7階の守護パーティの所属。憑依による降霊術(巫術)を用いる霊媒師。性的恍惚によって霊の憑依を行うリディアを軽蔑している。ゴブリンシャーマンに精神を焼かれる魔術で精神を殺害される。エロティック担当、その2。
盗賊サベージ 地下7階の守護パーティの所属。
戦士シナン 地下7階の守護パーティの所属。バンシーのエナジードレインを受けたのちにオーガの棍棒攻撃で即死。
シナンとエアルの同僚メンバー 地下7階の守護パーティの僧侶、戦士 オーガの棍棒の攻撃を受けて戦死。
ナジル、他5名 地下7階の守護パーティ。セラフィムのブレス、ガーゴイルの石化、ヘルハウンドのブレスを受けて戦死。
ドリームペインター ワードナとの対決でガーゴイル、ヘルハウンドを倒すが、セラフィム、ワードナに敗北。
*Dreampainter* Good Fighter -4 450 Dreampainter KA, Mage Masher, Plate+1, Shield+1, Helm+1, Copper Gloves
本作では「神とは信仰を糧として生きる霊体だ。」(p.181)との指摘が面白い。ドリームペインターが夢を使って殺害する若い信者は本作のエロティック担当その3。「Draeampainter KA」についての考察はこちらのページが興味深い指摘をしている。一部抜粋して引用する。
「Dreampainter's Ka」でも「Ka of Dreampainter」でもないところにご注意下さい。文字数の問題だったとも考えられますが、これにより「ドリームペインターのカー」ではなく、「ドリームペインターであるところのカー」あるいは「カーなるドリームペインター」という意味だと思うのです。つまりDream Painter = Ka、ドリームペインターとカーは等価、同一のものだということです。(中略)
カーKaとは、古代エジプトの宗教に出てくる用語で、人を形作る5要素(カーKa、バーBa、アクAkh、レンRen「名前」、カイビトKhaibit「影」)の一つだそうです。(中略)
ワードナが見たドリームペインター像とは、「ある神 a god」を象った巨大な石像であり、この像はその「神」のカーの像であり、つまりドリームペインターは「ある神」のカーだったのです。(中略)
「ある神」とはワードナ自身であり、ドリームペインターはワードナのカーだということになります。地下10階の棺桶から抜け出したワードナは、ダンジョンを地上へと上がりながら、徐々に本来の力を取り戻していきます。ワードナにとって逆襲、再生とは、「神」である自分本来の姿を取り戻すことだったのではないでしょうか。途中で生命力の象徴であるカーを得て、ついにはカドルトKadortoを倒して別なる宇宙へ旅立つその過程は、バーがカーと融合してアクとなり、星辰の世界へ飛び立つ姿を思い起こさせます。あるいは、死せるファラオがオシリスと化し、オリオン座に永遠の生を得る話のようでもあります。
戦士イェン 地下1階の守護者。
魔術師メイザ 地下1階の守護者。シェイプシフターによって戦死。
僧侶ウェイル、魔術師イリア、他4人 地下1階の守護者。レイバーロードに負けて戦死。
戦士フリス 地下1階の守護者。ヴァンパイアに負けて戦死。
戦士アプレット 地下1階の守護者。赤い胸当ての戦士。
Applet Good Bishop -5 248 Adept Baldness
僧侶アーマニア マリクトで壁の破壊を試みるが戦死。
Armanir Good Priest -3 364 Shield+1, Shield+2, Ring of Death, Ring of Dispelling, Ring of Healing, S of Badial, P of Masopic, P of Sopic
ホークウインドことルイン・ディンク・エルモージュ 「生ける伝説」と称される最強の刺客にしてエルフの忍者。父はトレボーの側近だったエルフの戦士ルード・ディンク・エルモージュ。ギズィによってトレボー王毒殺の濡れ衣を掛けられる。ギズィの狙いはルードの妻タニアだったが、タニアはギズィの発言を信じず、ギズィの置いた毒を自ら飲んで死ぬ。ギズィはルードを罠に掛けて娘のルインに殺させる。ルインは15歳からギズィに犯されるが、訓練場に送り込まれて冒険者にさせられる。ディンクがホークウインドを一撃で殺せるのは、ホークウインドへの復讐としてワードナに追随してきたルードがホークインドを刺殺し、ホークウインドも父への懺悔のために死を受け入れるからであると本作では設定に取り込んでおりお見事。本作のエロティック担当その4。
Hawkwind Good Ninja VL 1000
ソフトークオールスターズ -1(レスワン) ウィザードリィの正史のシナリオ1にてワードナを倒したパーティ、ソフトークオールスターズが中ボスとして登場する。本作ではワードナと対決する直前の会話のみで描かれる。すべてのセリフが同じ字数で調整されており、散文詩を読むような独特な感触のあるシーンとなっている。
なお、犠牲者ではないが古代呪文の解読者として言及される魔導都市イルミナスの天才魔術師カルフェイン・クロファット。事実上登場しない。ホークウインドをイルミナスに行かせ、ベルガリオンとモルタヴィアとディックに会わせるための舞台装置として機能する。
原作では、ワードナがモンスターを召喚するが、「召喚」とすべきところ「召還」と誤訳(漢字変換間違い)されている。この小説では意図的にこの「召還」の表記を取り入れ、設定に加えているところが素晴らしい。
それは、召喚ではなかった。
召喚とは、別の場所にいる者を特定の場所に呼び出すことを指すに過ぎない。もしも、それが派遣した者を呼び戻す行為であったなら《召還》と言わなければならない。
ない。(中略)ワードナは、迷宮の中で最も魔力が強いと思われる場所をいくつか選び、そこに魔法陣を描いて、忠実なる下僕たちを魔界へ避難させておいた。
ワードナは今、かつて己の下僕であった者たちを呼び戻し始めていた。その理由は判っている。魔法の魔除けを再び我がものにせんとしているのだ。
《召喚》ではなく《召還》。
ナイトウォーカーが、そう思ったのは、こういうことを一瞬にして想像したから(な)のだ。(※「な」は原文での脱字)
(p.18)
また、魔法がすべて「呪文」であるのも本作では理由づけをしている。
呪文――それは、魔道の心得のないものにとって、不思議な印象を与える言葉だった。つまり、何故、魔術を行使するための言葉が《呪いの文句》と呼ばれるのかが判らないからである。そもそも、魔法とは《呪い》を行うための一手段に過ぎない。精霊を介した《呪い》が魔術であるわけだ。
敵を傷つけようとした場合を考える。それは、まず自分の生命を《呪う》ことからはじめられる。精霊との交感をする術者は、彼らの誇りをわざわざと傷つけ、怒りを買わなければならない。そして、その力が自分にぶつけられる瞬間に、精霊を敵の精神領域に転移させるのだ。当然、精霊の怒りは敵の精神もしくは肉体に対して働くことになり、結果として傷つけることに成功するわけだ。
治療の場合も変わらない。この場合は、死を呪うのだ。多くは大地の精霊が使われる。彼を崇め、敬い、その恩恵を願いながら、自分に近づきつつある死を呪うのである。その力を負傷者に転移させてやればいい。
高位の呪文になればなるほど精神が疲労するのは、より大きな精霊との交感を強いられるからだ。(p.243)
〈おわり〉