2018.10.31
スマホ向け:記事カテゴリ一覧を跳ばす藤倉大氏のオペラ『ソラリス』日本初演を鑑賞。宇宙ステーション内という密室での心理サスペンスと、精神世界と現実の境界線が曖昧になるような独特の肌感覚(文字通り皮膚から受ける感覚のような!)のすばらしいオペラだった。フルートのフラッターの伸ばしの音、それが(それだけで)ひとつの動機のような強い印象をもって繰り返し登場する。ゆえに筆者は途中から、勝手にその音を「ハリー(ヒロインの名)の動機」として認識していた。言葉と裏腹(かもしれない)心理が音楽で代弁されていて構成が興味を引いた。
第1幕にて「Hari, Where are you come from?」―― その後の”靴はどこへいったのか”的なやりとりがあって、改めて「Where are you from?」「Underground...」の流れが音楽、歌ともに素晴らしかった。前半にはafraidやworryといった言葉が頻出するが、最終幕ではHopeとExpectationへと変質していく様子、そして視点が宇宙ステーション内から施設外の宇宙空間へと向かっていく視点の変化に強く引き込まれた。
演出面では冒頭、電気音響のバランスが少々気になった。だが自分が慣れたのか、調整されたのか、途中から「主人公の頭の中の声をダイクレクトに私(聴衆)の脳内にもこだましてくる」感覚になってきて、なんだかクセに感じてきたように思う。「主人公の心の声」という役名で、歌手が舞台上で歌う演出もあり得ただろうけれど、そうせずにバンダからPAでホール内に主人公の内心を出して歌う構成は、個人的には今回は非常に効果的だった。
幕が進むにつれて、鑑賞する筆者も徐々に現実と非現実の境界が曖昧にに感じられてきて、その「境界の曖昧さ」は精神(思考)と肉体の境界、肉体と肉体の外の境界、外界の現実・現在と非現実・非現在の曖昧さへとひろがっていく感覚になっていったのは、オペラを〝体験する芸術〟と位置付けるならば、まさにその通りの経験が得られたように思う。
照明演出は全幕を通して控えめだったが(普段筆者が仕事で行うコンサートにてディレクションする照明演出がドギツすぎるのかもしれない)、主人公が宇宙ステーションに到着する場面の流れる車窓のような演出と、ラストに初めて登場する全面の白明かりはエンディングにふさわしい荘厳なものに筆者には感じられた。第3幕で死者が主人公の夢に登場する場面、死んだ人を演じる歌手に横から照明をあてて壁に影を大映しにしていた照明演出は今日の照明演出で一番冴えていたように思います。
『ソラリス』は英語上演のオペラである。幕後に筆者は、18か19歳の時にアメリカを旅行した際、初めて英語オペラを見たことを思い出した。すでにタイトルも作曲者が誰だったのかも思い出せないし、もともとそういう音楽だったのかもしれないが、とにかく歌手の金切り声の発音が耳障りで「英語でオペラはだめだ、オペラで英語は……」と思ったものだ。だが『ソラリス』ではそんな場面はひとつもなかった。すばらしかった。英語テクストは比較的聞き取りやすかったが、字幕については有識者の意見も聞きたいところ。個人的には第1、2幕で「visitor」を「客」と訳していて「訪問者」と書くほうがいいのではないかと思っていたら第3幕でヒロインが「訪問者」を(部外者の意味で)使っていたのが印象に残った。
〈おわり〉
東京芸術劇場コンサートオペラvol.6
藤倉大/歌劇『ソラリス』全幕
*日本初演・演奏会形式
日本語字幕付原語(英語)上演
2018年10月31日(水)
東京都 東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:佐藤紀雄
管弦楽:アンサンブル・ノマド
エレクトロニクス:永見竜生(Nagie)
ハリー:三宅理恵
クリス・ケルヴィン:サイモン・ベイリー
スナウト:トム・ランドル
ギバリアン:森雅史
ケルヴィン(オフステージ):ロリー・マスグレイヴ
主催:東京芸術劇場 (公益財団法人東京都歴史文化財団)
助成:文化庁ロゴマーク文化庁文化芸術振興費補助金
(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
機材協力:ディアンドビー・オーディオテクニック・ジャパン株式会社
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