考察|GoogleもAppleも紙の本を読めと暗に言っている

2022.1.14
[追記] 2022.8.25

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描かれた紙の本

 Google(Alphabet)、Appleの2社はスマートフォンOSを軸としたエコシステム(生態系)を構築し、プラットフォーマーとしてWebの世界も広く支配している。このことから両社は、すべてにおいて「画面で完結する世界」「常時の通信によって維持される世界」を至上の価値観としているように思われるかもしれない。だが興味深いことに2社から共通して「紙の本を読もう」「意識的にオフラインにもなろう」と暗示するメッセージが発信されている。その証拠が下の2つの画像だ。


(図1:受信トレイが空のときのGmailアプリ画面(左)とApp Storeの特集ページの一部(右))

 図1中の左画像はアプリ「Gmail」において、受信トレイ内のメールが0件の場合に表示される画像だ。右画像はApp Storeの特集での一場面である。これらの画像において私が最初に違和感を持ったのは、スマートフォンのサービスでありながら、イラストの中で人物に紙の本を持たせている点である。世界を代表するスマートフォン関連企業が、あえて紙の本を描いている。

 Gmailの画像では、「処理すべき新規メールはない。読書をしよう。晴れた屋外で1日を有意義に過ごそう」というメッセージが読み取れる。App Storeの画像からは「電車が遅延しようとも、紙の本の世界で過ごせるなら悪くない」と暗に示している感じだ。ネットのニュース記事を読もうとか、楽しいアプリゲームで遊ぼうといった提案ではなく、スマートフォンもWebの世界からも断絶された紙の本をわざわざ描いている。GoogleとAppleが、紙の本に高い価値を認めている証拠であろう。

読書習慣のある人、ない人

 世界には2種類の人間がいる。「読書習慣のある人」と「読書習慣のない人」だ。

 2018年(平成30年度)に文化庁が実施した調査* によると、47.3%の回答者が「1か月に1冊も本を読まない」と答えている。さらにこの調査では「読書量を増やしたい」という回答者が60.4%いるにも関わらず、67.3%の回答者が「読書量は減っている」とも答えている。減っている実態が内的動機となって増やしたいと意識しているとも考えられるが、読書量が増えていない事実に変わりはない。このアンケート結果では、「読書の良いところ」として「新しい知識や情報を得られる」「豊かな言葉や表現を学べる」「感性が豊かになる」「想像力や空想力を養う」の4項目が上位を占めている。これらのことをやや強引に結びつけて裏返すと、読書しない人は新しい知識も得ず、言葉を学ばず、感性が衰え、想像力も枯渇していくことを気に留めていないことになる。

* 平成 30 年度「国語に関する世論調査」の結果の概要|文化庁 [PDF] この年の調査は、次の5つの内容構成となっている。「I 国語や言葉への関心」「II 表記等1 ―用語など―」「III 表記等2 ―文体・構成―」「IV 読書について」「V 六つの表現の認知と使用,慣用句等の意味・言い方」。掲載ページはこちら

 本に目を向けない人が増えている。だが現代日本は本が流通していない社会ではない。むしろ情報が氾濫している現代であるがゆえに、読書習慣が廃れている(もちろん情報爆発だけが単一の原因ではない)。このような現代において、電子の世界の支配者たる2社が暗に「処理すべきメールがない? 紙の本を読んではどうか」と絵で示していることは興味深い事実といえる。GoogleもAppleも、Amazonとは異なり紙の本は主力商品でもない。さらにいえば両社とも紙の本を作りも売りもしない。その2社があえて紙の本をフィーチャーしているのは、「用事がないときはスマートフォンから離れよ。紙の本から学べ」と、おおっぴらに文字では書けないが、密かに絵で訴えかけている一種の警句なのだ。

 2人に1人が本を読まない昨今だからこそ、本を読む人になるだけで他人とは違う人材になれる。人生の時間をどのように使うべきか、時間や動機の持ち方が人生の可能性が開くことをスティーブ・ジョブズも自身の信条であるかのように繰り返し述べている。1997年のThink differentキャンペーンはその象徴でもあるだろう。

あえて「絵で表現」

 掲出した2枚の絵は、ただの絵にすぎない。意味や意図などない、偏向的な解釈だと反論する人もいるだろう。だが、ひょっとしたらそれこそが重要なポイントかもしれない。私はこの絵から「スマートフォンからもパソコンからも離れて、紙の本を読を読もう」というメッセージを受け取っているし、実際に「読む人の側」にいる。一方で、この絵にそのようなメッセージはないと考えるのも自由だ。そして「読まない人の側」に立つのも自由だ。どちらの解釈もできる。なにしろこの2社は紙の本の業界にとって(消費者の目と時間の奪い合いという戦いにおいて)最大のライバルでもあるのだから。だが、あえてそうした解釈の余地を残すために、GoogleとAppleは絵で示すという手段を意図的に取っているとしたらどうか。この絵の意図を漉していくと、最後に残るのはやっぱり「画面から離れよう。紙の本を読もう」というメッセージだろう。

 本を読もう。だが、そうするもしないも、あなたの自由だ。GoogleもAppleも、あえて文字ではなく絵でそう言っていると、私はこの2枚のイラストから確信している。

 ちなみにMicrosoftは、Outlookのからっぽの受信トレイにはかわいらしい気球の絵を載せている。気球による空の散歩が、Microsoftの提唱する「予定や作業のない日の過ごし方」とその価値観なのだろう。


(図2:受信トレイが空っぽの場合のOutlookアプリの画面)

追記 2022.8.25

 Gmailアプリの「You're all done!(No New Mail)」画面に表示される絵柄が変わってしまった。「寝そべって本を読む人」の絵から、旗付きの空箱になった。読むべきメールは何もないということなのだろうか。


(図3:2022年8月25日現在のGmail、受信トレイが空っぽの状態)