読書感想|水晶玉と伝説の剣(ヴィクトリア・ハンリー)

2021.12.25


スマホ向け:記事カテゴリ一覧を跳ばす

感想

 本作は歴史劇のようなスペクタクルと、多数の人物がそれぞれの思惑と魂胆を持って絡み合い、殺し合う叙事詩のような語り口が魅力。貴種流離譚であり、罠と裏切りと嘘によって引き裂かれた者たちが再び出逢う愛の物語でもあると感じた。

 未来予知の水晶玉を除くと他には魔法のような装置はこれといってなく、人々が個々の力と知恵で困難に立ち向かう場面が連続する。裏切り者は破滅し、それらの者に従う者も道連れとなる。勇気ある善の者たちが最後に栄光を手にする展開も正統的であり爽やかな余韻がある。

 題名にも含まれている伝説の剣は、本編中で実際に振られることはない。いわば抑止力のある強力な武器として扱われている。しかし正統な所有者以外には災いをもたらすという掠奪予防として攻性の対抗機能を持たせており巧妙だ。物語の中では序盤以降、長きにわたって封印されおり、溶解させたという偽情報まで流布されて主人公を惑わせる。一方で予知の力を持つ水晶玉は持ち運びにあからさまに不便そうであるが、物語を強力に推進し、かつスリリングなサスペンスをもたらす装置として効果的に活用されている。

 一部にご都合的な急展開も見られるが、作劇として芝居がかった場面が続くのが楽しい。無謀と思える登場人物の行動も、度胸を示して支持を得る行為として納得できる。

 それにしても頻繁に人は殺され、かなり血生臭い。ときに昼に公然と処刑され、ときに闇中で私的に暗殺される。しかし主人公カップルだけは異なる。彼と彼女は戦争で敵軍船を沈没させるための作戦に自ら身を投じたり、王位簒奪者を奇襲する他には殺意を持った行動は取らない。それらもとどめを刺すには至らない点で、物語としては主人公を殺人者とするのを防いでいる。血塗られた覇道を歩む者たちは本作では皆、倒されていく。王道を歩む者たちや高貴な血筋の英雄は綺麗な身であってほしいというものであろう。

 本作は、部下には比較的恵まれつつも野心の実現の道半ばで倒された悪役ヴェスピュートの悲劇とも位置付けられるかもしれない。物語開始時点ですでに司令官としての地位にあったヴェスピュートがなぜ王位簒奪を目論んだのかや、平和国家ベランドラの予言者マーラが自国救済をなぜ放棄したのかなどが不鮮明で、逆に想像力が掻き立てられた。

〈おわり〉


水晶玉と伝説の剣(原題 The Seer And The Sword)
ヴィクトリア・ハンリー(Victoria Hanley)著/多賀京子 訳
2002年(原著 2000年)
徳間書店