公演感想|舞台『豊饒の海』

2018年12月10日
[若干の加筆]12月10日

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はじめに

11月30日、舞台『豊饒の海』を観劇した。駄洒落ではない。文字通り「感激」した。芝居のチカラというのは本当にすごい。ものすごい熱量とセンスを持って構成されているのだと実感した。筆者は芝居・演劇については素人である。だからこそ〝素人目に見て〟という視座で持って感想をまとめる。そのうえでの率直な答えが「感激した」なのである。

四部作の小説を演劇へと再構成する凄さ

原作小説『豊饒の海』のページ数は『春の雪』が269、『奔馬』が402、『暁の寺』が341、『天人五衰』が271。総計は1283ページである。この長編四部作の原作本をこうも見事に〝再構築〟できるのか、と目からウロコであった。もちろん原作ファンとしてはその〝再構築〟において、「あの場面がカットされている」「この登場人物が省略されている」というのが多少なりともあるにせよ、演出しだいでこう〝表現〟できるのかと納得した。「感激」を持って納得させられた。

『春の雪』は過去にも映像化・舞台化されている。しかし筆者の鑑賞したことがある作品は2005年の映画『春の雪』(行定勲監督)のみである。もちろん行定勲監督・主演の妻夫木聡氏の映画も良い作品であったが、筆者は強い物足りなさを感じていた。たとえば行定版『春の雪』における主人公・松枝清顕の夢の場面のセットのチープさ、本来は嫌悪侮蔑していたはずの剣道への清顕の態度が異なるなど、『奔馬』以降に影響する部分に強い違和感を持ったためであった。だが今回の舞台『豊饒の海』にて、その時の物足りなさはすべて払拭された。すべて埋め合わせされ、過去に囚われていた筆者の雑念はすべて消滅した。

『春の雪』だけが傑作なのではない

『春の雪』は、それ一作だけでも傑作である。だが、それは連作の「第一部」であり、叙事詩の幕開けであり、事件の発端であり、人生のまだほんのはじまりに過ぎない頃のことなのである。筆者は『春の雪』単体を十分に楽しめる読み手には、ぜひそれ以降の作品も読んでほしいと願う。ゆえに清顕の悲恋と非業の死と運命の物語の「その後」がどう展開していくのか、ぜひ「読み手」の立場で物語に伴走あるいは立ち会って欲しいと思っている。

東出昌大氏の容姿と頭身の神々しさ

舞台『豊饒の海』で感じたのは、前述の通り構成の凄さである。だが、構成という「脚本家や演出家の頭の中にあること」を現実のものとして観客に見せる役者が凄い。まずルックスのことから入ろう。『春の雪』主人公の清顕を演じる東出昌大氏の身長、頭身、顔立ちから体格の造形まで、何から何まで褒めちぎるほかない。東出氏が本当に人間であるならば、筆者は何なのだろう。ありンコか。イモムシか。同じ種類の生物とは、にわかに信じがたい。人類の創造主は、東出氏という〝神に愛された存在〟とその他の人類の二種類を造ったのではなかろうか、とさえ感じるほどに。

次に東出氏の見事な演技について触れたい。清顕という男は傲慢な男である。ある種の自己中心的な男である。だが、美とは傲慢なものであると定義できるほど、清顕はその性格が美と表裏一体でもある。東出氏の演技はまさに清顕であった。清顕の父は明治という時代を作ることに奔走した元勲である。だが息子には甘い。その息子はどうか。ただの学生に過ぎない。聡子の妊娠が発覚すると、父は息子を打擲するが、名誉のためなら息子を殺すことや追放することも厭わないであろう時代からすると、自宅監禁とは処置として甘い。父も甘いが息子も甘い。家の女中を手篭めにしており、息子は父をその点で嫌悪している。それぞれの愛欲とプライドとの交差がこの父子の見所である。東出氏版清顕は、この自己中心性と支配欲と愛欲で構成された青年を見事に演じきっていたと筆者は感じた。

清顕は死ぬ。東出氏も舞台上で幾度も死ぬ。死ぬたびに、死を超えて演技が深まっていくのだろう。舞台『豊饒の海』は、本当に何度でも鑑賞したい舞台だった。

笈田ヨシ氏は筆者の見たかった本多

その東出氏版清顕と、「貴様は」「貴様が」「貴様も」と呼び合える大鶴佐助氏による若き日の本多繁邦。この二人は本舞台の〝ベストカップル〟だろう。ヒロイン聡子との関係性こそが本当の「カップル」ではあるが、『豊饒の海』四部作を通じて清顕本人及び転生者と人生を共にする本多こそが、真の「お相手」であると筆者は考える。『春の雪』一作だけでは、本多はただの「友人」に過ぎない。だが四部作を通じて、本多の目を通して『豊饒の海』を見る(読む)ことで、友情を超えた精神的結びつきがわかってくる。

その本多の「老年」を演じる笈田ヨシ氏の演技は、筆者が〝〟であった。清顕は若くして、美しくして、純粋で、若いがゆえに、美しいがゆえに、純粋であるがゆえにに死ぬ。本多は、清顕とその転生者たちと対比される存在である。老いていく存在、置いていかれる存在、追いすがろうとする置いてきぼりになる存在、笈田ヨシ氏の演じる本多という存在。老年の本多の存在こそが、『豊饒の海』の後半を楽しむ醍醐味であり、筆者がこの舞台をなによりも楽しみにしていた理由である。

舞台『豊饒の海』は、その構成において『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』が同時進行的に進む構成となっている。観客は大正から昭和の戦後時代までを跳躍しながら、さながら途中下車不可のタイムマシン型ジェットコースターに乗車したようにその時代の行き来を体験する。上演時間に占める四部それぞれの割合をおおまかに数値化(10分割)すると、『春の雪』:『奔馬』:『暁の寺』:『天人五衰』=4:2:1:3といった感じだと筆者は感じた。それは単純に重要エピソードの抜粋量の比例ともいえる。

今回の舞台において、筆者がミーハーな感じで「そう来たか! やられたなぁ!」と心の中で絶叫したのが、何を隠そう開幕冒頭である。「又、会ふぜ。きつと会ふ。滝の下で」。これは『豊饒の海』における最重要セリフだ。転生したことを本多に知らせる兆(しるし)であり、キーとなるセリフである。本多は第三部・第四部において、滝の存在から「腋の三つの黒子」へと意識の重点が移っていくが、舞台『豊饒の海』では、冒頭、本物の水を頭上から流し、小さな滝を作ったうえで、その後ろで清顕とその転生者たちが入れ替わり立ち替わるという表現がなされる。この演出を思いついたのが演出家マックス・ウェブスター氏なのか、脚本家の長田育恵氏なのかはわからないが、まさに天才的発想である。また、笈田氏演じる本多が、透の折檻を受けて失禁する場面を見事に舞台化しているについては、筆者はまぶたを200パーセント開き、その演出にまったく痺れたほどであった。

小説『豊饒の海』は時系列〈クロノロジカル〉に沿って物語が進んでいく。だが舞台『豊饒の海』は時系列を分解して再構成させ、時系列順に出てくる順序を入れ替えて伏線にしたり、時間を超えて本多同士が交錯したりと行った演出が見事であった。現在進行形の出来事、未来の出来事、回想、追憶の語り、未来の予告。そういったものが綾となって一枚の織物を成している。それがこの舞台における最大の功績であり、本舞台の演出が傑作と筆者が感じた点である。

MVPは神野三鈴氏

『奔馬』飯沼勲の宮沢氷魚氏、『天人五衰』安永透の上杉柊平氏、『暁の寺』ジン・ジャンの田中美甫氏。いずれも観客の私が舞台にのめり込むほどの気迫をもってそれぞれの役を演じていた。なんといっても筆者が感じた本舞台のMVPは東出昌大氏と笈田ヨシ氏を別格とするならば、久松慶子を演じた神野三鈴氏であろう。神野氏版慶子と、笈田氏版老年本多が完全に舞台を掌握していたように思う。今回の舞台で唯一(2度ある)「喫煙シーン」を演じていたのも神野氏であった。それは本作にとって本当に必要な場面であり、時代を映す鏡として〝必須〟のものである。また、本作の後半にあたる『暁の寺』『天人五衰』において「本多の妻」以上に重要な役回りを果たす慶子を演じた神野氏をMVPとして筆者は賛辞を贈りたい。

神野氏版慶子は、物語後半に本多の分身である。欲望に忠実であるが、その生き方を〝自主的に〟選び、身につけたモダンガール慶子。自由と奔放、自分への忠実さ。自分の価値観でグイグイ迫り、物語もズンズン進めていく神野氏版慶子は観ていて小気味よく、慶子が平成の世にいたら、きっとこうであろうと筆者は感じた。

本作に「追加」で欲しかった場面

上演時間は約2時間40分。筆者としては上演時間が3時間になっても構わないから(いや、役者は大変だが)もし、次のバージョンとして上演する機会があれば追加していただきたいシーンがいくつかある。それは次のとおりである。

〝これと云つて奇巧のない、閑雅な、明るくひらけた御庭である。数珠を繰るやうな蝉の聲がここを領してゐる。
そのほかには何一つ音とてなく、寂寞を極めてゐる。この庭には何もない。記憶もなければ、何もないところへ、自分は來てしまつたと本多は思つた。
庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしていゐる。⋯⋯〟(p271)

この記述の通り、あるべき音は蝉の声なのである。

とはいえ、舞台『豊饒の海』、ほんとうに素晴らしかった。ぜひDVD化(またはブルーレイ化)してほしい。筆者はその嘆願を主催元や新潮社へする意向である。

また、本舞台の鑑賞者や原作ファンには、ぜひ「単行本版」の装幀の美もご覧いただきたい。現行は新潮文庫しか流通していないが、単行本版も復刻して欲しいものである。外は貼函、カバー、本体。本体は布装で、その色は藤、黒、赤、藍。スピン(しおり紐)も同色なのである。単行本版は古書店で稀に見つかる。



〈おわり〉



2018 PARCO PRODUCE
“三島×MISHIMA”『豊饒の海』
公式サイト
2018年11月3日(土・祝)~5日(月)※プレビュー公演
2018年11月7日(水)~12月2日(日)
東京都 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
2018年12月8日(土)・9日(日)
大阪府 森ノ宮ピロティホール
原作:三島由紀夫
翻案・脚本:長田育恵
演出:マックス・ウェブスター
出演:東出昌大、宮沢氷魚、上杉柊平、大鶴佐助、神野三鈴、初音映莉子、宇井晴雄、王下貴司、斉藤悠、田中美甫、首藤康之、笈田ヨシ