コンサート感想|東京混声合唱団 第251回定期演奏会

2019.12.14

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公式サイトより)

 東混第251回定期演奏会を聴いた。新曲委嘱支持会員の自分としては、やはり目当ては新垣隆氏の新作である。とはいえ今回は全曲が邦人作品ということで、いつも以上に公演全体を楽しみにしていた。

 人間は「ことば」を使って意思疎通する。「うた」の原点は「ことば」であるから、私たちの「ことば」で歌われる邦人作品は「私たちのうた」といえる。東混251定期に、もしも「裏テーマ」があるならば、それは「私たちの『うた』のいまとこれから。「ことば」とともに」とでもいったものかもしれない。とはいえ、難しいことばは要らないのだ。

 今回の公演、前半は池辺、武満、新垣。後半は三善の構成である。新曲初演の新垣作品のタイトルは『連辞――層次 III』。

 「連辞(れんじ)」……? 「層次(そうじ)」……? まずタイトルからして謎めいている。

 私は手元の辞書(デジタル版スーパー大辞林)を見る。

れんじ 【連辞】
〘論〙 →繫辞(けいじ)②に同じ。

 繫辞の項目を見る。

けいじ 0【繫辞】
① 周易の卦(け)を詳しく説明した言葉。
② 〘論〙〔copula〕命題の主語と述語とを結びつける語。「人間は動物である」という命題における「である」の類。連語。連辞。コプラ。

 「層次」については記載がない。

 演奏前、指揮者沼尻氏とともに新垣氏が壇上でスピーチを行なった。新垣氏によると、「自分がどこから来て、どこへ行くのかを考えていたら、このような作品が生まれた」とのこと。沼尻氏から「いつもそのようなことを考えているのか」と問われると、「そういうわけではなく、普段はあまり考えていないが、今回、作品委嘱の機会を得たので考えてみた」のだそうである。

 案の定、曲名についてもコメントがあり、「こうした言葉を探してタイトルにつけた」という話であり、「層」は地層などの意味であるとのこと。新垣氏によると「沼尻氏指揮の東混の定期公演を初めて聞いた1991年12月18日から今日へとつながるものなのだとの話であった。

 私は普段、開演前にパンフレットを見ることはあまりない。だがたまたま、今回は新垣氏の新作の題名が気になって開演前にパンフレットを開いた。その流れで本人の筆による解説に目を通した。まず、タイトルの「III」は3つ目の作品という意味とのことで、1997年と1999年に発表された合唱作品がそれぞれ「I」と「II」であると紹介されている。

 パンフレットには「街に関する言説」から採られたとあるので、私は様々な言葉、セリフ、アナウンス、その他さまざまな脈略のない言葉で構成していく「音響構造的な作品」だろうと推察して楽しみに待った。

 鑑賞直後、私の予想はいくらか的中していたものの、もっと複雑で、すばらしい完成度の作品であった。

 渋谷駅前交差点、新宿アルタ前広場、あるいは下町の商店街といった雑踏、駅や空港、オフィスビル街、劇場、デパート、議会、もしくは朝礼前の学級のざわめき。テレビ、サイレン、警笛、耳に入るあらゆる「都市――東京」の情景が断片として積み上げられ、並べられている。都市の発する音と、現代人の声。いまの人間は「声を出しすぎ」なのだろうか。

 そうした断片が徐々に増えていくつれ、多くの観客が気づいただろう。これは都市文明という超巨大なジグソーパズルの完成状態の絵から、新垣氏が作為的に選んだピースが「カオス的秩序(これは矛盾した表現であるが、成立しうる概念である!)」のように格納された作品だということに。それはいわば「幼児が乱雑に片付けた玩具箱の中の独特の秩序」であり「乱数の中に現れるフラクタル的情景」だと言えるかもしれない。まさしく「層状」のことばたち●●●●●の織りなす不思議な体験ができる作品だ。

 そう、本作は新垣氏による高踏的、しかしお茶目でユーモラスな「都市文明批評」を兼ねた、大真面目な戯れ遊びに違いない。

 私は今までに新垣作品の初演を含む演奏会をいくつか拝見したが、それらはピアノや管弦楽の器楽作品であった。合唱曲は初めてであったが、個人的に最も思い出深い作品となったかもしれない。そういえば、新垣氏が若き日に名を連ねていた作曲家グループ展「冬の劇場」に、私は自分のソルフェージュの先生(このグループ展のメンバーであった* )からの案内で1度か2度、行ったことがあったことも思い出した。

* ある時、現代邦人作品に詳しい音楽評論家とこの話になり、私の恩師の名を出したところ「バリバリの超前衛派ですよ。すごい人にソルフェを習っていたんですね」と驚かれたことがあった。私にとっては自然のなりゆきであったのだが。これが人の出会いの〝運命〟であろう。

 本日の他の演奏曲もいずれも名曲ぞろいであった。邦人合唱作品を通じて、私たち(現代日本人)はもっと「私たちのことば」を知り、歌い、聴き、そして味わっていくことが大切だろうし、私自身もそうしていけたらいいと思う。

〈おわり〉


第251回定期演奏会

公式サイト

日時:2019年12月14日(土)15:00開演(14:30開場)
会場:東京文化会館小ホール

出演

指揮:沼尻竜典
ピアノ:永野英樹

曲目

池辺晋一郎作曲/池澤夏樹作詞《三つの不思議な仕事》
武満徹作曲《うた》より
武満徹作曲/沼尻竜典編曲/谷川俊太郎作詞 混声合唱のための《MI・YO・TA》
新垣隆作曲 -2019年度 新作委嘱-
三善晃作曲/白石和子作詞 混声合唱とピアノのための《動物詩集》
三善晃作曲/宗 左近作詞 混声合唱とピアノのための《縄文連禱》

主催:一般財団法人合唱音楽振興会
助成:文化庁文化芸術振興助成費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)
協賛:サントリーホールディングス株式会社