journal of ozakikazuyuki.com

コンサート感想|東京混声合唱団 第257回定期演奏会

2022.1.22


公式サイトより)

ブルックナー モテット集

 ブルックナーといえば交響曲、ロマン派交響楽の最終到達点といえばブルックナー。

 モーツァルトが、かの輝かしく荘厳なる星 《ジュピター》 を通過して以後、そしてホルストが太陽系を総なめにするより以前、ブルックナーはただ一人、地球を顧みることもなく宇宙の深淵へと到達していた作曲家であった。が、そうした交響楽の大家としてではなく、声楽作品の巨匠としてのブルックナーを私は今回初めて知った。

 バッハの作品を音楽的な構造物あるいは建築物という表現を目にすることは多い。私は今回のブルックナーの声楽(宗教)作品からも、同種の感想を持った。ブルックナーの合唱作品は、まさしく耳の中でそびえ立つ大聖堂であり、鳴り響くステンドグラスだった。東混のブルックナー、すばらしかった。

リゲティ ア・カペラ合唱作品より

 続くリゲティの作品は、歌詞の世界観は世俗に基づくものだろうと私は感じた*。だがブルックナーの作品を聴いた私の耳には、教会堂から意図的に離れ、広い世界へと神性を求める旅のようにも思われた。

* パンフレットによると、本作の詩には民謡から採譜されたものが含まれている。

 リゲティの神は石造の“小屋”に閉じこもっているのではなく、陽のあたる野にも、風の吹き抜ける岩山の山頂にも、丘を越えて続く鉄道の線路の上にも、子供がのぞきこんでいる水溜りの中にもいる。神性の存在をあまねく感じる。それぞれの媒介を通じて、我々を見ている。そのような神だ。

信長貴富 新作初演

 休憩を挟んで3作品目は信長貴富氏の新作である。おそらく2年ぶりであろう信長氏の新作を私は楽しみにしてきた*。信長氏は東混のコンポーザー・イン・レジデンスであるが、1つ前の委嘱は編曲作品(フォーレ『レクイエム』)であった。信長氏の新作を心待ちにしてきた。

* パンフレットのよると、信長氏による東混のためのオリジナル作品は『鉄道組曲』(2020年)以来。

 私は信長氏の作風から、ウェットかつソフト、誠実であり、常軌を逸するような奇を衒わない点に魅力を感じている。今回の新作も一聴し、オペラティックな盛り上げを構成していくドラマ性と、詩のテクストに真摯に向き合っている雰囲気が素晴らしいと感じた。

 本作が、社会人合唱団や高校生たちの部活のレパートリーになってくれたらと願う。歌は、歌い継がれることで本当の意味で人々の心に染み込んでいく。その点で、「いい歌」とは、言い換えれば「ふつうの歌」なのかもしれない。本作は、この歌の文化の「まんなか」にあってよい新作だと感じる。新しくて、どこか懐かしい。心地よい感動が静かに湧いてくる作品だ。

 音楽からはドラマ性を強く感じた。とはいえ楽曲全体が20分ほどであることと比べると、性急に盛り上がっていく感じを受けた。あたかも短いオペラ、あるいはダイジェスト化されたオペラのようだ。その短さゆえだろうか、全宇宙の命運と主人公の行動が直接結びついている世界観、一世代前にカルチャーの業界で使われたキーワード「セカイ系」を思い出した。今回の合唱作品は、書き下ろしが文庫本で出版された小説のような、セカイ系ミニオペラだったのかもしれない。

 これからこの歌はどうなるのだろう? 出版され、日本全国津々浦々の学校合唱部や市民合唱団のレパートリーとなって歌い継がれるのだろうか。「私たちもこの歌を歌いたい」という人々が次々とこの歌を歌い出すだろう。きっとそうなると思う。そうなって欲しい。新しいレパートリーを供給する(作曲家への新作委嘱を持続する)点において、東混の社会的・文化的な役割は大きい。文化の広い沃野へと、新鮮な作品を届け続けるという、意義と使命の大きさは昔も今も変わらない。

 とはいえ願わくは、私個人の好みとして、尖った作品も送り出して欲しい。アマチュアが「この作品の演奏は我々の手には負えない。だからこそ心して聴こう。聴くことに専心しよう。前人未到の領域の作品に挑む意欲的な演奏、さすが東混だ」と聴く者が舌を巻くような先鋭的な作品にも期待したい。“自分にも演奏できるかな?”と、考えるアマチュアを突き放すような圧倒的なパフォーマンスを、私は見せつけられたいのだ。

 もし「前衛」という言葉がすでに古くさい言葉であるとしても、誰かが“役目としての前衛”を担って突き進むべきだ。そうでなければ未知を切り拓く“創造的な破壊”への挑戦者が不在になってしまうだろうから。とはいえ「マーケティング的にそれはもうウケないし、求められてもいない」「アーティストたちがすでに食傷している」というならば、無念だがそれまでだ。

ブラームス Liebeslieder (愛の歌)作品52

 プログラムの最後はブラームス。ブルックナーと同じくブラームスも交響曲をはじめとする管弦楽作品の大家だ。だがその作品群を俯瞰すれば、歌曲や合唱曲においても抜群の質と量であることがわかる。

 彼は終生、オペラを発表することがなかった。だが改めてブラームスの合唱作品を聴くと、もしブラームスがオペラを制作する機会を得ていたら、どんな作品が世に残っただろうかと想像する。立派な作品が創られたにちがいない。そういえば、ブルックナーもオペラは残していない。

アンコール

 アンコールでは松村禎三作曲、三好達治の詩『雪』(「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。/次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」(完)の二行で知られる日本の詩の名作)を歌詞にした『ゆき』(1980年)が披露された。

 日本の学校教育(国語の授業)では詩をそのままに読み上げ、内容理解という名の読み解きで学習するもののように扱う風潮が強いと私は感じている。だがこの歌のように、詩を朗読するときは、もっと自由に吟誦するように歌えばよい。機械的読み上げ式に朗読するのではなく、もっと歌うように、演じるように、と。『ゆき』は不意に出会った一つの詩の音楽化の理想形だった。

 今回、私は高関健氏の指揮を初めて拝見した。その背中から豊かな叙情や詩情が感じられる(言い換えるなら受け取れる情報の多い)指揮だと感服した。機会を見てオーケストラの指揮も見に行ってみたい。

text by ozakikazuyuki | * contact@ozakikazuyuki.com


東京混声合唱団 第257回定期演奏会

公式サイト

日時:2022年1月22日(土)15:00開演(14:15開場)
会場:東京文化会館 小ホール

出演

指揮:高関健
ピアノ:小埜寺美樹、成田良子
合唱:東京混声合唱団

曲目

モテット集 アントン・ブルックナー
Locus iste(ここは神によって造られた場所)
Ave Maria(アヴェ・マリア)
Virga Jesse(エッサイの若枝)
Vexilla Regis(王の御旗は翻る)
Christus factus est(キリストは己を低くして)

ア・カペラ合唱作品より ジョルジ・リゲティ
Ejszaka – Reggel(夜-朝)
Pápainé(パーパイ夫人)
Haj, ifjuság!(おお、若さよ!)
Lakodalmas(結婚の歌)

信長貴富:2021年度新作委嘱作品
混声合唱のための3つの禱歌(とうか)『闇のなかの灯』(作詩 : 村上昭夫)

Liebeslieder (愛の歌)作品52 ヨハネス・ブラームス

チケット:(税込み・全席指定)一般:4500円、学生:1500円
LIVE配信
WEBサービス『カーテンコール』にて公演のLIVE配信 1500円(税込)
CURTAIN CALL 東京混声合唱団ページ

主催:一般財団法人合唱音楽振興会
協賛:サントリーホールディングス株式会社
助成:文化庁芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)