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『ダンジョン飯』考察|西方エルフの迷宮調査制圧部隊「カナリア隊」について

〈更新履歴〉
2019.9.22|8巻発売後
* 追記 2020.5.16, 一部修正5.18, 5.31|9巻発売後
** 追記 2021.2.24|10巻発売後

© Ryoko Kui 2019-2021

注意!【ネタバレ】有り

** 2021年2月13日の『ダンジョン飯』10巻(九井諒子, KADOKAWA, ハルタコミックス, 2021年)を読み、合わせてこのページも内容を更新いたしました。2021年2月24日に行った追記箇所は「**」記号で区別しました。

** 異色の冒険グルメファンタジーと当初は思われた『ダンジョン飯』ですが、6巻あたりから深層のテーマが「生と死」「生命と食物連鎖」の物語となり、9巻で迷宮の存在理由が明かされてからは本作が『ファウスト』に連なる見事な叙事詩であると思えてきました。

* (9巻発売後時点での記述)
2020年5月15日に『ダンジョン飯』9巻(2020年)が発刊されました。合わせてこのページも内容を更新いたしました。8巻時点での内容をもとにした部分は原則として削除せず、2020年5月16日に行った追記箇所は「*」記号で区別しました。

* 9巻で初出の情報について:8巻時点での情報と9巻で明らかになった情報を明確に区別できるよう、「9巻にて初出」の情報には「[9]」と表示します。本記事はダンジョン飯の最新巻をお読みになった方向けのものとして編集しております。

(8巻発売後、本記事作成時点での記述)
 『ダンジョン飯』8巻を読みました。7巻で初登場したエルフの迷宮調査制圧専門部隊カナリア隊の本格的なアクションが8巻では描かれたことで「武闘派エルフ」や「エルフ社会の暗部」が好みの筆者としては、またとない興奮エピソードでした。

 カナリア隊は『ダンジョン飯』の世界観において、かなり根幹に関わる組織であると思われますが、7-8巻の時点では未描写の部分が多い印象を受けます。カナリア隊について他の登場人物(および読者)に説明する語り手も実質的にカブルー1人であり、書き込みの多さなど画面内の情報量のわりには多大な不明情報を感じます。そこでカナリア隊について、7-8巻の情報をもとに筆者なりに整理してみることにしました。

* 前述の通り、9巻の内容に合わせて更新しました。※お断り:本ページの内容は2019年9月の8巻発売時までのものであり、今後のストーリー進行によって加筆修正する場合があります。

この記事の趣旨と内容

 この記事は『ダンジョン飯』7巻以降で準レギュラー的登場人物となっている「カナリア隊」メンバーについての作中での説明と描写の集積を通じ、「カナリア隊」とはどのような組織であるかを分析、考察することで、『ダンジョン飯』の作品世界内における存在感、影響を最終的には考察的小論としてまとめることを目的としています。『ダンジョン飯』は現在進行形の作品であるため、本記事は一種のノートのように、各単行本の内容を一定間隔をおいて追随しながら更新を継続していきます。

カナリア隊とは?

 「カナリア隊」は俗称である。正式な部隊名は7-8巻時点では不明。9巻時点では「カナリア隊」と呼称される場面が多い。単に「部隊」とも言われる。小鳥の船首像を持つ大型船で「島」に乗り付けてきた。カナリア隊の由来は、小鳥の船首像に加え、「炭鉱のカナリア」に由来するものと思われる。ただし、ダンジョン飯の世界に「炭鉱のカナリア」があるかどうかは定かではない。地下迷宮を進むドワーフがカナリアを連れている描写は現時点では見かけないため、そうした無臭性の毒ガスに対する警戒としてカナリアを持ちいる習慣は『ダンジョン飯』の世界にはないのかもしれない。

7巻 P63

カナリア隊の目的は?

 「迷宮の危険性が一定を超えた時やってくる 彼らの任務は迷宮の調査そして制圧」(7巻 P63、カブルーのセリフ)。前から島主に圧力をかけている噂があったが、強硬策に出たとカブルーはシュローに説明する。


9巻 P189

 * 迷宮の危険性は、迷宮がなぜ存在するかに関連する。『ダンジョン飯』の世界では、「永久機関を求めた古代人」(9巻P188)は、「無限が存在する異次元と門を繋げた」(同)。しかし「〝あちら〟の生物も招いた それが悪魔」(同)であった。悪魔が好むのは人間の欲望であり、人間の欲望を食うことで悪魔は力を得る。欲望はいわば人間の強みであり、弱みでもある両面性のあるものだ。悪魔が人間の欲につけ込んでくることは、『ファウスト』以来、一貫した悪魔と人間の相互関係のテーマである。「迷宮の力すなわち悪魔は強い欲望を持つ者を招く」(9巻P187)、「とりわけ強い欲望を持つ者を主に選び望みを叶えさらなる欲望を引き出す」(同)。迷宮の主となったものの末路は悲惨である。「欲望を全て食われた者は皆衰弱死した」(9巻P188)とのことだ。「古代人は悪魔が自由に門を通ってこないよう迷宮を作った」(9巻P189)のであり、「古代魔術は悪魔召喚の儀だった」(同)。人間の欲望を食って十分に力を蓄えた悪魔は「すぐにでも殻を破りこちらへやってくるだろう」(9巻P190)とミスルンはカブルーに解説した。この悪魔の出現が、すなわち「迷宮の危険性」であり、悪魔の出現阻止がカナリア隊の真の任務である。[9]

 * 「古代人」が求めたという「永久機関」は、いうまでもなく熱力学の法則によって否定されている存在である。エネルギーが無から生じることはなく、また無限に変換することも不可能であるため、永久運動する機関は実現しえない。だが古代人が開いた「異次元」は、どうやら現実の物理法則を超えたエネルギー(無限)を取り出しうるものであるらしい(9巻P188)。つまり「悪魔(あちらの生物)」とは〝無と無限に関する存在〟であるようだ。しかし長命なエルフをはじめ、人間には生命力の限界がある。「悪魔」がどれほど「欲」を欲深い人間(この「欲」は「高い理想」とも言い換えられることに注意が必要だ)から取り出そうとしても、〝因果律そのものに対する反逆、エントロピーを凌駕する願い〟(see also:『魔法少女まどか☆マギカ』, 2011)は単一の人間から容易には取り出しきれないのであろう。[9]


9巻 P188、5コマ目

 * あらゆる生命体は「欲」によって動かされている。これは原始的な構造の生物から人間のような生き物まで共通事項であり、生命体とは生命維持のために希求する根源的欲求を含めて「欲望を機構化したもの」と定義できるだろう。「宝虫」や「サキュバス」など、『ダンジョン飯』には「欲望」に絡んだエピソードが多いこともうなづける。人間は「生存本能」だけで生きているのではなく、マルシルの古代魔術への知識欲、ライオスのモンスターへの想いなどもすべて「欲」である。「願い」も「向上心」も「希望」も「煩悩」も「恋焦がれる懊悩」の類いもすべて「欲」だ。願う内容がたとえ他者の幸福を願うようなものであっても、究極的にそれは「願う本人の個人的願望(あるいは「そうあって欲しい」という自己中心的願望)」である。悪魔はそれも狙い、幻覚的な幸福感を提供する。だが迷宮の主となって迷宮の底に閉じこもっていても、世界そのものは小指の先ほども変わらない。迷宮の主だけが「願いが叶うという〝麻薬〟」にはまっている状態だ。悪魔はこの麻薬を提供してくる「売人」というわけである。犠牲者は悪魔によって無上の幸福を経験するが、その代償として徐々に複雑化した感情をこじらせていき、しまいには衰弱死するまで「気力・欲(言い換えるなら「生命力」)」を食い尽くされる。


8巻 P109
「一度迷宮の欲望に囚われてしまった者にもはや言葉は届かない」
このセリフは元・迷宮の主人であったミスルンだからこそ重みのあるセリフである。

 * 『ダンジョン飯』に登場する悪魔の出典が実在の古典的書物『ゴエティア(Goetia)』の「ソロモンの72柱」に基づいているならば、「狂乱の魔術師シスル」と関係し、ライオスを〝誘惑〟しつつある「翼獅子」は、その姿から「ウァプラ(Vapula、ヴァプラ)、またはナフラ(Naphula)」の名を持つ悪魔であると推測される。ウァプラは〈グリフォンの翼を持ったライオンの姿で現れるとされる。あらゆる手作業を器用にさせたり、哲学をはじめとする学問に精通させる。『ゴエティア』によると、地獄の36の軍団を率いる序列60番の偉大にして強大なる公爵〉(出典:ウァプラ|Wikipedia)である。ミスルンを〝誘惑〟した悪魔は「ヤギの頭部を持つ」という1点だけで判断するならば「バフォメット(Baphomet)」(出典:バフォメット|Wikipedia)となる。が、独自の世界観と設定構築の色が強い『ダンジョン飯』において、こうした情報を恣意的に当てはめることは好ましくないかもしれない。参考情報として提示するにとどめる。

 カブルーはウタヤ事件で「当時の副長が連れ帰って数年間育てられた」と述べていることから、カナリア隊について知識がある。また、このセリフから、現在の副長はカブルーが世話になったエルフとは別人物であることもわかる。* カブルーが少年時代、世話になった様子は9巻で描写される[9]

 * カブルーの「育ての親」の氏名は明示されていないが、陰気なミルシリルがその人だと思われる。カブルーの剣術稽古をつける前日談と、ミスルン救出時のキャラクターの造形は「目の描き方」「髪型」などに共通点が多く、外見上は同一人物と認められるだろう。九井諒子氏はキャラクターの目の描き方は脇役やモブにおいてもかなり明確に描き分けている。カブルーに接するときと口調や表情に違いがあり、個性(性格上の二面性)と考えられる。[9]

 部隊の総人数の詳細は不明。船内に一定数の本隊がいて、ミスルンら6名は交渉のための先遣隊と思われる。(7巻 P170のパッタドルのセリフ「今すぐ上陸命令を出しましょう!」などから推測)。* 9巻でリシオンの説明によると「パッタドルが暴走して待機中の仲間を上陸させた(9巻P197)とある)。

カナリア隊のメンバーは?

 カナリア隊のメンバーについてカブルーは、「半数は古代魔術に関わった犯罪者で構成」「全員が迷宮攻略のためだけに技を磨く部隊」(8巻P133)と説明する。この点からも、カナリア隊自体が戦闘集団でありながら、特定任務に特化した「特殊工作部隊」とも言える。

 * カナリア隊のメンバーは古代魔術への関わり方も不法に関わったことで罪に問われた「罪人」と、その看守として機能する貴族の子息で構成されている(9巻P137)。その比率は「看守1人に対して罪人2人の割合」(同)であり、看守は「貴族が国への忠誠を示すため差し出した子息」(同)とされている。同ページには「子息」とあるが、子息は「息子」と同義語であり男に限定される言葉だ。だがパッタドルやカブルーの育ての親[註 陰気なミルシリル]は貴族の女であるので、正確には「子弟」(子供や弟。転じて,年若い人。年少者。出典:スーパー大辞林)と表現されるべきであろう。[9]

 * 物語本編に登場するカナリア隊は看守はパッタドル、罪人はその他メンバーだ(ただしミスルンは立場が異なる)。[9]

 『ダンジョン飯』の世界でも戦争(国家規模での軍事衝突)は起こっているだろうが、カナリア隊については迷宮という閉鎖空間、かつ迷宮の主の意思や行動を読んで対処する機敏性・戦術性、6名以内という人数構成で最大効率を発揮できる能力の相互補完が前提となっているようである。

耳が欠けている理由は?

 カナリア隊のメンバーの容姿には露骨な特徴がある。エルフの特徴である尖った長い耳の一部が「欠けている」点だ。隊長ミスルンにいたっては、耳の先端側3分の1から半分ほどがない。パッタドルを除く他の4名も、耳にくさび状の切れ込みが入っている。これが「古代魔術に関わった犯罪者」の外見上特徴として受けた刑罰なのかもしれない。この推測が正しければ、この切れ込みがないパッタドルは、古代魔術関与の罪に問われていない隊員ということになる。

 * 上記の検討のとおり「罪人には耳に切れ込みを入れられる」(9巻P137)とのこと。パッタドルは貴族の子弟、その他のメンバーは罪人である。後述するがミスルンは元は貴族の青年であり、耳の先端を失った事情と経緯は他のメンバーと異なる[9]

8巻 P133
8巻 P147
9巻 P137

先遣隊のメンバーは?


7巻 P77

 先遣隊(筆者による仮称)は6名構成である。島主との交渉中にカブルーが入っていく場面(7巻 P67)で初登場する。ざっと隊長のミスルン(指揮・戦闘)、パッタドル(戦闘補助)、シスヒス(戦闘・戦闘補助)、オッタ(戦闘補助)、リシオン[9]氏名不詳(戦闘)、フレキ[9]氏名不詳(戦闘、探査)という役割分担がなされている。非戦闘にあたる交渉ではシスヒスとパッタドルを主として交渉を進めるようだ。描写は少ないが、交渉中に他のメンバーも皮肉、茶化し、言葉遊びなどを紛れ込みながら悠長に交渉を進めているようにも思える。長命種族ならではの「慌てなさ」である。(事態が危急を要する場面でも彼らは慌てないだろう)

 6名の能力のバランスが冒険者(あるいは迷宮攻略パーティ)において重要であることを考えると、カナリア隊先遣部隊の編成は次のようだと考えられる。基本的に全員軽装(というか金属防具による防御的武装が皆無)なのは、このパーティが極端なまでに鋭利な突破力へと戦闘教義を特化させているからだと思われる。

 * 余談だがカナリア隊の制服は胸元に厚手のキルティング生地がつかわれているためか、胸部が男性でも盛り上がって見え、かつ男性も上半身は細身であるため腰回りのくびれが強調されがちなど、男女の外見上の区別がつきにくい傾向がある。そのため筆者を含め、ミスルンを女性だと思っていた読者は多いようだ。

             
配置名前攻撃方法射程距離
前衛ミスルン転移術による攻撃接触〜近距離
リシオン[9]獣人化による格闘接触
フレキ[9]黒い鳥型の魔物(使い魔[9])による攻撃近〜中距離の飛翔攻撃
後衛オッタ土(または迷宮の構造)を操作する防御的な術に見えるが、使いようによっては攻撃も可能近〜中距離
シスヒス火を使う魔法攻撃と予想される。防御手段としては不明近〜中距離
パッタドル水のような防御結界を張ってパーティを守る。攻撃手段としては不明だがウンディーネの攻撃と同じ攻撃手段が用意されているものと思われる。近距離か

8巻 P90

指示系統は?


8巻 P150

 一見するとミスルン(隊長)とシスヒスがともに行動している場面が目立ち、パッタドルがうろたえている表現があちこちで見られることから、シスヒスが副隊長のような印象を最初は受けたが、隊としての指示系統はパッタドルが次席の地位にあるものと考えられる。これはカブルーがミスルンを押さえつけた際、シスヒスがパッタドルにアイコンタクトをしてから攻撃の予備動作に移っていることからそう判断できる。

 * これにはパッタドルは「看守」であり、シスヒス、オッタ、フレキ、リシオンは「罪人」という立場の違いもあるだろう。パッタドルは部隊(本隊)の上陸を再三言い、ミスルンの転落後は暴走して本隊を上陸させるなど、指揮官としては短絡的な行動がやや目立つ。[9]

ミスルン


7巻 P77

階級 隊長・戦闘指揮、貴族出身、* (元)迷宮の主[9]

所属 エルフ(西方エルフ)

性別 男[9](筆者は途中まで女性キャラだと思っていたが、どうやら男なのではないかと8巻の途中で思うようになったので仮で男としておく。でも女かもしれない) * 9巻にて青年時代のエピソードが明らかになる。

肌タイプ 白系肌

髪型 中分けウェーブ系ショートボブ

耳の状態 左右とも先端側がない

一人称 私

その他の特徴 右目は視力がない様子。方向音痴(* 迷宮の主であったときの名残として人間の感覚での前進よりも抜け道を自然と見つける[9])。戦闘中に微笑するほどの武闘派。

カブルーによる推測 年齢「180歳くらい?」、身長「155cm前後」、瞳が「黒」(黒はエルフには珍しい。青年時代は銀色)、名前「ミスリル由来か?」、言葉に訛りがないことから「中央の出身」。(すべて9巻P137)

得意技 転移術。自分自身または触れるものを転移(空間交換)させる魔法。生物・非生物は問わない。物理空間的に区切れている物体同士を入れ替えさせる(何もない空間との交換は移転したように見える)。


8巻 P108


8巻 P135


10巻 P103, 6-7コマ目

 視界の範囲であれば指定の場所を狙い撃ちできる(片目ゆえに命中精度はやや低い)など、この転移術は殺傷性の非常に高い攻撃手段でもある。視界外の空間との交換(転移)は無作為に近い状態で行われるため、どのような場所に飛ばされる(交換される)かは予想がつかない。描かれている術行使場面から判断するに「送る」空間は物体でなくてはならないが、「交換される」空間は何もない空間(空気)でもよいもよう。ファリン攻撃時に「脳を狙った」(P144、7コマ目、オッタのセリフ)とあるが、手元の「空気だけを送って、脳だけ抜き取る」ような攻撃をしていないことからそう判断した。空腹に弱いのか、カロリー消費が激しいのか、シスヒスに「ご飯食べさせないと」(P146、1コマ目)と言われる。

 * 欲求を感じない体 ミスルンは「悪魔への復讐欲(復讐心)」以外のすべての欲求を失っている。迷宮の主として悪魔に「欲」を吸い取られた果てに、「あらゆる欲求を〝感じない〟体になってしまった」(9巻P166)。喪失した欲求には睡眠や食事、排泄といった生理的欲求も含まれているが、「寝なくて済む・食べなくて済む・排泄も不要」なのではない。本来は体が発する警報である生理的欲求を感じられないため、生命維持にさえ困難のある体質となっているのである。魔力切れの場合も突然に気絶する。そのため、普段の世話はシスヒスを中心に行われている。眠りにおいても「薬か魔術がないと眠れない」(9巻P165、2コマ目)と言っている。ただしこのときはカブルーによる脚へのマッサージによって眠りに落ちている。[9]


9巻 P149, 1コマ


9巻 P153, 7コマ目|カブルーは「体力あるな」と言っているが、これは誤解であることがのちにわかる


9巻 P166, 5-6コマ目

* 青年時代と罪 ミスルンがカブルーに語った物語は非常に複雑かつ登場人物の多いものであった。ミスルンの過去について、9巻時点では「ミスルンが語り、カブルーが理解した範囲」が描かれるので確定的事実とは限らないかもしれないが、大筋事実であろう。[9]

 * ミスルンは貴族階級出身である。「当時はまさに完璧な青年」(9巻P166)という表現はカブルーの脚色も入っているだろうが、実際そうであったのだろう。ミスルンは兄に代わってカナリア隊に入隊した。入隊当時は一隊員であった(9巻P162)40年前に任務で「港町近くの迷宮」へ入り、そこで「迷宮の主(あるじ)」(9巻P159)となり、そこで「食べ残され」(9巻160)た。9巻時点ではミスルンが迷宮の主であったエピソードは紹介されたものの、エルフ社会での「罪状・罪名」について具体的には明かされていない。または「罪人」として扱われていない可能性もある。[9]


9巻 P168

* ミスルンと魔法の鏡 ミスルンは「港町近くの迷宮の底」で「ひとつの鏡」を見つけた(9巻P169)。その鏡は「見た者の欲望を映し心を奪う魔法の鏡」(同)である。魔法の鏡に映った「自分の兄と想い人が食事をしている」光景はミスルンにとって「叶わなかった恋」(同)であり、彼は「ひどく動揺」(同)した。カブルーはこのエピソードを「うまい舵取り」「悲恋話は古今東西問わず万人受けする」(同)と言うが、マルシルの趣味のことを紐付けて考えると、エルフ全体にこうしたジェットコースター型ラブストーリーを愛好する性質や貴族的なドロドロの恋愛をゲームのように楽しむ傾向があるように思われる。9巻P186・4コマ目の背景に描かれている関係図のうち、ミスルンから兄への矢印には異常な情報量となっており、一方的に複雑化(complexity)した感情を抱いていたことがわかる。こうした傾向はマルシルだけのものではないといえるだろう。「迷宮の力すなわち悪魔は強い欲望を持つ者を招く」(9巻P187)、「とりわけ強い欲望を持つ者を主に選び望みを叶えさらなる欲望を引き出す」(同)。それはミスルンの想い人への恋慕は強かったことの証左であろう。「魔法の鏡」はグリム童話『白雪姫』以来、ときに人の欲望を満たし、ときに人に渇望を抱かせる呪力の高い小道具として扱われる。[9]

* ミスルンの欲望を食う悪魔 怒りの衝動で叩き割った鏡から一匹の仔ヤギが現れ、「入隊さえしなければ一緒になれるはずだった」「今からでもそんな未来を見たくないか」(9巻P170)とヤギはミスルンをそそのかした。「カナリア隊に入隊しなかった自分の人生を〝欲して〟しまった」(9巻P171)。ヤギはミスルンに欲したものを「なんでも」(9巻P172)与えた。ミスルンが欲したのは「故郷の風景」「仲間や愛する者との穏やかな暮らし」(9巻P180)、つまり幸せな生活だった。だが迷宮は冒険者を呼び寄せる。防衛を強化しようとすればするほど「迷宮内には魔物が跋扈」(9巻P181)することになり「構造も複雑」(同)になった。ヤギはミスルンの「願いを叶える」(同)ことで力を増していく。かつての想い人も下半身が大蛇の姿(これは9巻表紙絵にある俎板の突き刺さった蛇であろう)として描かれ、仔ヤギも成獣に変貌する。欲望を悪魔に吸収されたことでミスルンは気力を失い、ついには体を食われて「生存欲」も喪失した。[9]

* 最後に残った悪魔への復讐欲 ミスルンを救助したエルフ(カナリア隊メンバーの「陰気なミルシリル」と「ヘルキ」と思われる。救助シーンは9巻P184-185、ミルシリルとヘルキは9巻P163に登場)は、ミスルンについて「悪魔への復讐心だけ食い残された」「彼はこれから悪魔を殺すためだけに 食べたくもない飯を食い 生きたくもない生を生きるだろう」と言われる。ミルシリルは、「(悪魔は)十分な力を蓄えるには(ミスルンでは)食い足りなかった」(9巻P185)ので、(ミスルンを食べた悪魔は)姿を消したと語る。ミスルンの右目と耳はこの時に悪魔に傷つけられ、左目も黒に変色したことが回想で描かれる。[9]


9巻 P181, 1コマ目

* 黒-赤-黒-白の縞を持つ大蛇となった〝想い人〟 ミスルンが幸せな生活を欲した「想い人」は、ミスルンが主となった迷宮では下半身が大蛇となって現れる。本誌内の描写はモノクロであるが、表紙では「黒-赤-黒-白」の順番の縞模様を持つ様子が描かれている。この配色は実在する毒ヘビ「サンゴヘビ」や「プエブラミルクヘビ」などが該当する。蛇は鱗の枚数などで種類が異なるが、本作で描写されている「下半身の蛇」を具体的な種類と同定するのにはやや無理があるだろう。日本国内でもペットとして流通している。[9]

* カブルーへの態度の軟化 ミスルンはカブルーとの同行の間で、カブルーへの態度を徐々に変化させている。カブルーは迷宮の制圧に使命感を持っており、その目的達成のためであれば手段を問わず、自分の選り好みを克服できる精神的強さを持っている。一方でその目的意識のための諸動作は「欲」にも直結する要素となる。だが迷宮攻略にはカブルーが必要と認識して心を許したのか、「お前は知りたがりだな その性質は迷宮では命取りとなるぞ」(9巻P158)とアドバイスし、カブルーからライオスの話を聞いて危険性を察知した以後ではカブルーに「どうしたい?」(9巻p200)「うん ではそうしよう」(9巻p202)と微笑を浮かべてカブルーの意思を支援している。[9]


9巻 P163, 7コマ目


9巻 P163, 9コマ目


9巻 P184, 3-5コマ


8巻 P146, 6コマ

パッタドル


7巻 P74

階級 隊員・戦闘補助(副隊長かもしれない)、* 貴族[9]

種族 エルフ(西方エルフ)

性別 女

肌タイプ 白系肌

一人称 私

耳の状態 切り込み無し(正常)

その他の特徴 鼻が長い(高い)。気弱なのか、うろたえる描写がしばしばある。根は善人のようでもあるが、カナリア隊の使命感は強いようで任務においては積極的に見える。実際の戦闘においては容赦ない面もあるのだろう。服装はフルロングスカートでマントを常時着用。言外の表情から、シスヒスに対してライバル意識を持っているかもしれない(8巻P94の表情など)。

得意技 水のような膜状の結界(物理)を作る。外側からは侵入できないが、内側からは出られる

8巻 P117

シスヒス

8巻 P94

階級 隊員・戦闘・戦闘補助、* 罪人[9]

種族 エルフ(西方エルフ)

性別 女

肌タイプ 褐色系肌

髪型 腰まであるロング

耳の状態 くさび形の切り込み有り

一人称 私

その他の特徴 身長が高い。額に7条の放射状の文様がある。中央の1本は長く、他の6本は爪程度の長さ。下まつげが強調されて描かれている。他のエルフが着用している首まであるキルティング風のネックがなく、デコルテから胸元まで大きく開いた胸を強調する服装。首に黒系色のチョーカーを着用。西方エルフの描写でよくみられるロングスカート。口調は相応の立場の相手には慇懃だったり、目下には優しかったりするが、これらはすべて交渉やコミュニケーションのためであろう。本心は残酷で、隊内ではミスルン並みに冷酷無比な魔法使いと思われる

得意技 詳細不明、すずらんのような形状の小さな魔法杖を使用する模様。「(大茸を)燃やしたり」というセリフがあることから、火炎を操れるものと思われる。

オッタ


8巻 P119(左右どちらも)

10巻 P105, 4コマ

階級 隊員・戦闘補助、* 罪人[9]

種族 エルフ(西方エルフ)

性別 ** 女[注]
注:10巻P105, 4コマ目にてカブルーから「彼女」と呼ばれていることから女性と思われる。容姿は小柄な男性のようでもある。(右図)

肌タイプ 白系肌。腕と足に線模様の刺青風の文様が特徴

一人称 

耳の状態 くさび形の切り込み有り

髪型 ベリーショートの短髪

その他の特徴 耳にリング状のピアスを左耳に3個、右耳に2個のリングを装着(これは両耳に3個ずつの可能性がある)。腕の刺青の文様は腕輪のように描かれていることもある(7巻)が、作画ミスかもしれない。ざっくばらんな口調で話す

得意技 床に手をついて集中することで、任意の場所の迷宮の形を変えられる。8巻では床を柱状や壁状に伸ばしてミスルンの足場を作ったり、シスルの脱出の妨害などを行なったりした。迷宮のあるじが行使する「迷宮を作り変える能力」の亜種だろうか。迷宮の変形ではなく、土を操作する術の可能性もある。石畳の内側には土が詰まっている描写などが細かい

フレキ[9] 氏名未詳


8巻 P143|コマ内左

階級 隊員・戦闘員、* 罪人[9]

種族 エルフ(西方エルフ)

性別 *男[注]  わかりにくいが女の可能性が高いように思う
注:「【Web限定&先行公開!】九井諒子ラクガキ本「Daydream Hour Extra」」の「04 カナリア隊の基本装備。」にて肌着1枚から制服着衣のプロセスが公開されている。さすがに女性キャラクターをトップレスで描かないだろうから男性だろう。胸元にかかるキルティング風生地が厚手のためか、白地の上衣を着ると胸元が膨らんで見える構造のようだ(下画像)

出典:【Web限定&先行公開!】九井諒子ラクガキ本「Daydream Hour Extra」の「04 カナリア隊の基本装備。

肌タイプ 白系肌

一人称 

耳の状態 くさび形の切り込み有り


9巻 P174、5コマ目


10巻 P98、3-4コマ目

その他の特徴 ぼさぼさの長髪。鷹匠のような厚手の手袋を右手に装着している。この手袋は「買い物中」も装着しっぱなしである。ブーツはくるぶしまでの短いもの、上着の丈も短めで腿までの長さ。オッタ同様に口調はやや荒いが、カブルーに「ちゃんと食えてるのか?」(7巻 P75)と声をかけるなどの場面もある。ミスルンには畏怖を感じているもよう。(7巻 P75、ミスルンの「それで」の一言で緊張の面持ちで固まっているあたり)

 8巻P143では耳の切れ込みが描かれていないが、他のコマでは必ず描かれているので作画ミスと思われる。素肌の胸元には翼を広げた鳥形の紋様、腹部には呪術的な紋様が描かれている。

得意技 鳥型の黒い魔物(使い魔[9]。詳細不明)を召喚(または創造)して使役できる様子。8巻では実際の戦闘の描写はない。

 * 9巻にて迷宮深部へ転落したミスルンを捜索するべく「転移の巻物」を持たせた使い魔を派遣する。

 ** 偵察活動においては、フレキ自身は1箇所にとどまって瞑想状態のまま、複数の鳥型の魔物を使い、視覚の共有化と思われる偵察を行える。10巻(P98、3〜5コマ)では3羽の白い鳥を使役して偵察を行っている。鳥による偵察はシスルも使用する鳥の魔物を使った視覚の共有による偵察と同じタイプの古代魔術だと思われる。偵察中は本体は身動きを取ることができない。

リシオン[9] 氏名未詳


9巻 P197


8巻 P149|コマ内左

階級 隊員・戦闘員、* 罪人[9]

種族 エルフ(西方エルフ)

性別 男

肌タイプ 白系肌。胸、脇、上腕、手首、腿、指に刺青状の文様が特徴

一人称 俺

耳の状態 くさび形の切り込み有り

髪型 本来のエルフの姿では、さらさら系ストレートの長髪(長さは尻まである)を2つに分けている。肩の少し上で筒状の装飾具を使って束ね、7巻では肩の後ろへ、8巻では肩の前へ垂らしている。

その他の特徴 タレ目、首巻きと腰巻だけを使い、上半身は裸

得意技 自らを犬系の獣の姿へと変化させる。8巻では実戦の描写はないが、「引き裂いたり」というセリフがあることから、肉弾戦/白兵格闘においては相当な戦闘力があるものと想像される。

フェアリー/ピクシー

 正式名称は8巻の時点では不明。* 9巻のカバーの裏表紙のイラストによると「Fairy」である。[9]

 頭に花輪をつけ、四枚の羽(昆虫のようなはね)で飛翔する。背中側の外骨格が薄く伸びて整形されているものと考えられる。自律的意思がある場面では黒目があり、道化的な演技を色々している。

 カナリア隊ではエルフたちの通信手段としてトランシーバーのように使われる。意思を剥奪されている際は白目で吹き出しが四角で描かれる。送信側は聞き耳を立てているような演技をし、受信側はスピーカーとして機能するようだ。

8巻 P163
9巻 P142
8巻 P133

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〈おわり〉


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